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知らない名前

作者:宮本

 
写真もない、知らない名前から、LINEがきた。
初めてのことで、しかも女性の名前で俺は驚き、暫く歩いていた足を止めた。が、すぐに同じ高校の友人のイタズラだなと察した。最近、携帯を買い換えた奴がいる。たぶんソイツだろう。
スタンプ一つだけで送られてきたそれは可愛らしい恐竜の絵柄で、元気いっぱいの笑顔で周囲に花を散らしている。きっと、挨拶に違いない。
手の込んだことをするものだと呆れつつ、携帯画面を素早くタップした。
 

【妙なイタズラはやめろよ。携帯買い換えたの、知ってるんだぞ】
 

ふんと鼻を鳴らして、俺はまた学校からの帰り道を歩き始めた。
実は、俺の携帯も壊れて買い換えたばかり。それというのも、落としたり、反応が無くなったりの壊れ方ではなく、車に轢かれたのだ。
事故に遭って。
 

○●○
 

数ヶ月前まで、俺はベッドの上にいた。結構な事故で、俺の乗ってる自転車のブレーキの効きが悪く、片方が掛からなくて宙返り。打ち所が悪く、そのまま意識不明になった。
その時、運が良かったのか悪かったのか、通りかかった運送会社のトラックに携帯を踏まれ、乗っていたお兄さんに助けられたというわけ。うまくないが、早期発見で命拾いをした。
気が付いた時にはベッドの上だし、意識はハッキリとしないし、随分ボーッとしていたけれど、そのうち話せるようになるまで回復した。
見舞いに友人たちも来てくれたことは嬉しい。事故のショックのせいなのか、名前が思い出せないこともあったけれど、殆どは言い当てられた。
ゲーム感覚で〝名前当て〟をしてくる奴もいて、「ペットの名前は?」「幼馴染みは?」「後ろの席の奴は?」「数学の教師のあだ名は?」なんて、本当にいるのか・あるのかわからないことで盛り上がる。答えが出なくとも、怒るでもなく、復帰してからの課題として残すように、みんな小さく笑っていた。
参ったのは勉強の方で、病院にいる間はもちろん学校には行けず、友人に教えて貰っていた。寝ていた間のことはスッと教えてくれるのに、俺は知らないという文章や方程式を、彼らは「やったよ」と笑う。事故のせいで頭が退行したのかと突かれたが、笑えない冗談だ。全く。
今はまだ体育は休みを余儀なくされているが、座学には出られている。これ以上、勉強で離される心配はなさそうだ。
風が俺の背中に強く当たり、後ろからクリーム色の自転車が追い抜いていく。ちらりと振り返った同じ制服の女の子に、心の中で「事故るなよー」と声をかける。自分と姿が重なったのか、頭の奥で“くわん”と波立つ音がした。自分は大丈夫という安心は役に立たない。
リュックを背負い直したところで、携帯がぶるりと震える。画面を確認すると先ほどの返事で、またスタンプが押されていた。
今度はウサギの絵柄で、頭にハテナマークを浮かべている。男のくせに可愛らしいスタンプを使ってくるじゃないか。しかしこれでは話にならないので、俺はLINEを諦めて電話をすることにした。
連絡先から友達の名前を選び、携帯を耳に押し当てた。三コール目で声が聞こえる。
 

『はーいはい』
 

能天気な声に、ため息。
ザワザワと後ろで騒ぐ声はクラスメイトたちのものだ。まだ学校にいるようで、掃除当番でもないのに彼らが集まっているのは珍しい。これは、本当に遊ばれたのかもしれない。俺は唇を尖らせた。
 

「お前、変なLINE送ってくるなよ。わかっててもちょっと怖いだろ。女の名前なんかにしやがって」
 

強い口調で説教すると、相手は沈黙したあと、『いや、俺じゃねえけど』と笑う。
 

「はぁ?だってお前、この間携帯変えたろ?ID忘れたからって、アカウント新しく作るって言ってたじゃん」
 

『そうだけど、まだ作ってねーもん。作ったらお前にはすぐ教えるよ。でも、相手女の子なんだろ?いいじゃーん、そこから始まる恋!的な?』
 

シラを切るつもりなのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。彼の声は嘘をついている時のものじゃない。むしろ楽しんでいるように弾んでいる。
たぶん、コイツはLINEを出会いの場か何かだと勘違いしているようだが、彼でないとすれば、他に誰がいるのか。
頭の中がぐるぐると忙しなく動くが、問題解決には至らない。受け答えも雑になり、心配してくれたのか、電話の向こうの声も真剣味を帯びた。いつになく強い口調で、有無を言わせない雰囲気だ。
 

『なぁ、話してみろよ。お前のアカウント知ってるってことは、知り合いかもしんねーぞ。危ないと思ったらブチ切ればいいんだからさ』
 

身辺のことも教えるなよ、と一言添えられ、電話は一方的に切られた。通話終了音がむなしく響き、途中で振動が伝わる。LINEだ。
俺はゆっくり腕を下ろして画面を見た。先ほどのウサギスタンプの下に、文字が浮かび上がる。
 

【既読無視!】
 

次いで、怒りを露わにするライオンのスタンプ。可愛らしいと感じていたが、まさか本当に女の子なのだろうか……。
俺は確信が持てないまま、取り敢えず会話をしてみようと、画面上に指を滑らせた。
 

【君は誰。何で俺のこと知ってるの】
 

すぐに既読の文字が付き、返事がくる。
 

【答えてあげるかわりに、ここに来て】
 

どこだよ、と思っていると、下に写真が貼られた。それを見て驚いた。
学校の近くのタバコ屋だった。それはもう目と鼻の先で、角にあるタバコ屋は店を開いているのかわからない。ガラス戸は閉まったままで、でもずっと廃れずにそこにある。
学校周辺を知っているということは、本当に知り合いなのかもしれない。けれど、すぐに信じてしまったら危ない。
俺は唇を引き結び返事を書く。
 

【もう着く。次は】
 

タバコ屋の前まで来た所で、次の指令がきた。次も写真だけだったが、俺にはわかる。
写真には薬屋が映り、店の前には有名な緑色のカエルが両手を上げている。タバコ屋の角を右に曲がり、真っ直ぐ行った所にある薬屋で、これも角に建つ。どうやら曲がるポイントの写真らしい。
だが、おかしいのだ。
なぜなら、俺はこちら側に来た記憶がない。なのに、なぜか道に見覚えがある。
俺は恐怖を覚えたが、それ以上に好奇心が勝った。
なぜこの道を頭の一部は知っているのか。
なぜ彼女と自分は繋がったのか。
なぜ友達は話に付き合えと推したのか。
薬屋の看板とカエルが見えたところで、俺は再びLINEを開く。
 

【着いた】
 

○●○
 

人通りがない道になったら、このメッセージに従うのをやめようと思っていたが、予想を反して写真は住宅街を写していく。暫く歩いていると、【最後の写真】のメッセージと共に、公園の入り口が貼り付けられた。
それを見た瞬間、俺の頭が〝くわん〟と唸りだす。
痛いとか、気持ち悪いとかそんなのではなくて、別の自分が訴えてくる感じだ。この公園を知らないのに知っている。強烈な何かが、頭に語りかけてくるみたいに。
携帯を握りしめて、あとは真っ直ぐ行くだけの道を歩いていく。目的地が近づくにつれて、俺が幼少期の頃の思い出が蘇ってきた。
写真にあった公園で遊ぶ俺は笑顔で走り回り、砂場で山を作り、数少ない遊具ではしゃいでいた。そこに一緒にいたのは母だったか、俺を見て微笑む女性。
そしてもう一人。
逆光のような記憶では、顔も声も思い出せない。わかることといえば、同じくらいの背丈の女の子で、黒くて長い髪、良く笑う口元にはえくぼ。その影を追いかけて、俺と彼女は一緒に走っていた。小学校も一緒で、そのときもまだ仲良くしている。
中学生。思春期の中、俺たちは互いに申し訳程度に視線を交わすだけにとどまった。異性との交流が難しく感じられる時期だったのだ。
そして現在、高校生。入学式の隣には―――。
そこで、パンッと映像が弾けた。いつの間にか足は止まり、公園の入り口に突っ立っている。子どもたちが遊具で遊ぶ姿は懐かしく、自分と少女の姿を重ねてしまう。
 

「……俺は、忘れてる?」
 

ふと出た言葉に、自分自身で驚く。病院で友達と名前当てゲームをしたことが過ぎった。
俺は、何かを忘れてる。
その「何か」は喉元までせり上がっているのに、答えはでない。蓋をされてしまったのか、声にならない。目の前では、ブランコに乗る男の子を女の子が押している。微笑ましい光景なのに、今はもどかしくて堪らない。
あの二人を、あの二人の関係を見たことがあるのに……!
ブルッと携帯が震えた。
力を込めすぎて、指には側面のボタンの跡がついてしまっている。それもどうでも良く、LINE画面を呼び出して新着のメッセージを見る。文章はない。ウサギがにっこりと笑って、「Hi!」と手を挙げているスタンプだけ。
写真のない、名前も知らないはずの女の子からのメッセージ。
俺はそっと視線を上げる。
公園の中央には、今までいなかった同じ制服の女の子。片手には携帯を持ち、自転車を倒れないように支えている。
その子には見覚えがあった。
黒髪は肩で切り揃えられ、眉尻を下げて申し訳程度に微笑む口にはえくぼ。その傍には、クリーム色の自転車。
“くわん”と頭に響く。
入り口から一歩も動けない俺に代わり、女の子が自転車を引き連れて進んでくる。カラカラとホイールの回転する音だけが届き、外界がシャットアウトされる。
近づく彼女から目を逸らして、携帯画面を見つめる。早鐘を打つ心臓を沈めなければと思うが、早く思い出せと焦りが出てコントロールが利かない。
すぐ目の前で、靴が砂を噛んだ。静かに顔を上げると、彼女と視線が噛み合う。大きな掌で肺を絞りあげられ、息がつまる。けれど、そんな俺のことを置いて、彼女は口を開いた。
 

「また、会えたね」
 

思っていたよりも低めの声だ。
俺は、心の整理がつかないまま言葉を探す。
 

「また……ってことは、帰り道で……」
 

「もっと前」
 

そう言って彼女は自転車をとめ、俺の前に一歩すすみ出る。寂しそうに微笑み、「本当に、言われたとおりだ」と呟く彼女に、今の俺では何も返せない。
だが、女の子は答えを待つのではなく、再び自分から口を開いた。
 

「でも、今までの道は覚えてた。だから、君は絶対に思い出す」
 

熱い思いは風に乗り、俺の胸を通過していく。サッと行ってしまったそれは大切なものだけれど、今の俺には掻き集められないくらいに、すばしこい。一人では捉えきれないものを、彼女も協力してくれると言う。
差し出される右手。彼女の表情は芳しくないが、これからのことに期待しているみたいにも窺えた。過去の記憶と現在の状況を重ね合わせ、俺は答えがみつかるならと彼女に右手を差し出した。
 

「危険な奴だったら、すぐに契約破棄だから」
 

初対面なのに、考える前にキツイ言葉が出たことに驚く。いけない、と口元を押さえた時には、女の子は目を丸くして俺を見て、すぐに笑みの色を濃くしていく。
 

「その言い方、すき」
 

「……あっそ」
 

笑った顔がいいな、とはさすがに言えない。これでは、LINEを出会いの場にするなと、大声で言えなくなってしまうではないか。
難しい顔をする俺に構わず、彼女は俺の右手を強く掴んだ。
「それじゃあ、また初めから。幼い頃からの馴染み……ってわけにはいかないけれど」
 



18 Good
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