LINE無精
作者:上原せい
午前6時。スマートフォンがピロリン、と軽快な音を響かせた。
一瞬の呼び出し音は、しかしなかなか寝付けないで居た俺の目を覚ますのには十分なものだった。
ベッドに横になったままスマートフォンの画面を見る。液晶の光が寝ぼけ眼に否応なく刺さり、思わず眉が寄る。
画面には、付き合い始めて最近3ヶ月経った彼女、美咲からのLINEトークが一行示されていた。
画面をスライドして内容を確認する。簡単な朝の挨拶と、用事で早起きしなければならなくて眠い、というだけのシンプルな内容だった。
とりとめのない内容に、なぜかため息がこぼれた。彼女のことがどうでもいいわけではないが、今はそんなことより早く寝たい。昨晩は、今日が休みだからと夜更かしをしすぎてしまったのだ。今日は昼からででも買い物に行きたいから、少しでも寝ておきたいのに。
スマートフォンの画面を閉じ、近くに放る。ベッドのスプリングで跳ねるそれを見ながら、自分も枕に頭を沈め再び眠りにつこうと瞼を閉じた。
午前11時半。10分程前に目を覚まし、歯を磨いてた背後でまたピロリン、と通知音が鳴る。
しかし今度は、一瞬では鳴り止まなかった。慌てて口の中の泡を吐き出し画面を確認すると、今度は美咲から電話がかかってきていた。
そういえば、と、今朝既読無視をしていた事を思い出し、慌てて画面をスライドする。
「もしもし」
「もしもし、あっくん?起きてたの?」
声のトーンが少し低い。機嫌を損ねてしまったか。
「あーごめん、歯ぁ磨いててさ」
「起きてたなら、返事くらいちょうだいよ。なんかあったかと思うじゃん…」
少しずつ、美咲の声が悲しそうなものに変わっていく。責められているような罪悪感がして居心地が悪い。
「や、ほんとさっきまで寝ててさ。既読つけたのも寝ぼけててぶっちゃけ覚えてないって言うか…」
「別に、返事遅れるのはいいけどさ…トークはじめるのもいっつも私からだし既読無視ばかりでスタンプのひとつも返してくれないし…あっくん、本当は私のことどうでもいいんでしょ?」
「はぁ?誰もそんなこと言ってないだろ」
思いもよらない展開に、とぼけた声が出てしまった。まだゆすいでいない口の中が気持ち悪い。
「私と連絡取り合うの、嫌ならそういってよ。私ばかりあっくんの事好きみたいで…馬鹿みたい」
美咲の声が震えている。いけない、泣かせてしまったのか。
「連絡するの嫌とか、別にそういうんじゃないよ。なんていうか…なんて書けばいいかすぐに浮かばなくて…」
取り繕うように言い訳するが、まだ口の中に隠れている泡のせいか、変にもごもごしてしまう。
「じゃあもういいよ、無理にトークとかしなくて」
「だから、なんでそんな話になるんだよ」
電話の向こうから、美咲のため息が聞こえる。今朝の俺のそれに少し似ていた。
「もういい」
美咲はそれだけ言って、俺の返事を待たず電話を切った。
「…なん、なんだよぉ…」
はぁ、と嘆息し、その場にしゃがみこむ。
美咲と付き合って、初めての喧嘩なのではないだろうか。流石にこのままではまずい。俺はとりあえず、未だ気持ち悪い口の中をゆすぐことにした。
寝巻きから普段着に着替え、美咲とのトーク履歴を見る。
あれから1時間も経っていない。その間、美咲からの連絡は全く無かった。
自分自身、あまり頻繁にやり取りをするほうではないので、一日に美咲とLINEでトークする頻度もそこまで高くない。それは、付き合う前に美咲に確認していたことだし、大丈夫だと思う。
じゃあ本当に、美咲からしか連絡をくれていなかったのであろうか。俺からもたまには送ってるんじゃなかろうか。そう思い過去2ヶ月分遡ってみたが、やはり会話の起点はいつも美咲だった。
これは、本当にやらかしてしまったな。くしゃりと頭を掻いた。
美咲を怒らせてしまったが、別れたくはない。まだ付き合って間もないが、可愛くて気立てもよくて、俺にはもったいないくらいいい娘なのだ。
しかしどうしたら彼女の機嫌を直せるのか見当もつかない。まさに八方塞がりだ。
また、長いため息が出た。
ピロリン。不意に通知音がなる。実家の父からだった。
スクロールし、内容を確認する。画面には、壁のようなところからこちらを覗き込む水色のウサギが映しだされていた。
その下に、あつし年末はどうするんだ、と、簡潔な文章が添えられていた。
滅多に冗談も言わなかった親父が、随分とファンシーになったものだ。
「あ…これか」
俺はすぐに美咲とのトーク画面を開き、親父の送ってきたスタンプと同じものを探した。
しかし出てくるのは違うものばかりで親父の送ってきたスタンプが見当たらない。
迷ったが、とにかくこれで謝るきっかけを作らねばと思い、白色のウサギが号泣しているスタンプをタップする。
すかさず、ごめん、と送信。明確に、どう謝ればいいか即座に出てこなかったので、とりあえずはこれが精一杯だ。
1分も待たず画面に既読の文字が追加された。立て続けに美咲から返信がくる。
”なにこれw”
笑ってくれているのだろうか。勢いで行動したせいかこれで本当に正しいのかすら分からない。
どう返信しようか悩んでいると、美咲から着信がきた。
半ば緊張気味に電話に出る。
「…もしもし」
「…ウサギ、かわいかったから今回はなかったことにする」
美咲はふふ、と笑ってさらに続けた。
「スタンプ、使えるんじゃん。今度お勧めの教えてあげるね」
いつもの明るい声色に、ほっと胸を撫で下ろす。なんとか仲直り出来たようだ。
「うん…ありがとう」
そう言いながら、親父にも礼を言わなければな、とぼんやり思う。ついでに、あの水色のスタンプについて聞いてみよう。そして今度は俺から、そのスタンプを使ってよう。
なんとなく、親父の気持ちが分かったような気がした。